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    金泰昌「ともに公共哲学する」を読んで、ワークショップは活私開公のいい手段だと思った



    金さんが提唱した「活私開公」(cf.滅私奉公)は、私がドク論を書いてた時にとても刺激になった概念。当時(ゼロ年代前半)、公共政策学関連の本でよく引用されていた。

    この本は4部構成になっている。第2部の武田康弘さんとの往復書簡が読み応えあり。その他は講演録が中心。

    第1部は世古一穂さんや北川フラムさんなどがイベンターの講演録で入門編的。新しい造語がいろいろ出てきている。「グローナカルな視座」(グローバル×ナショナル×ローカル)、「公私共謀」、「幸福共創」など。

    第2部に登場する武田康弘さんは、我孫子市在住で「闘う哲学者」という感じ。主宰されている白樺教育館に一度、行ってみたい気もする。

    往復書簡では、以下のように「私」や「公共」について議論している。ハーバーマスや哲学カフェに通じる感じがした。
    ・日本でネガティブに捉えられている「私」から始めるべき
    ・日本の上位者は「私」の意見を持たいない・言わない
    ・自分の私と他者の私
    ・他者性の尊厳、同化や型・様式の否定
    ・公共する主体は市民
    ・生活世界の現場から考え・話し・行為する

    第3部は国家公務員研修の講演録と国会職員との書簡のやり取り。金さんは官に対して辛辣だが、ここではややソフト(当たり前ですが)。ガバナンス(共治)は「活私開公」と「公私共謀」を主軸とし、公務員は共働経営者の位相であるべしとのこと。概念的には新しくないが、四文字熟語の表現がウマい!

    また、上司への服従の悪しき例としてハンナ・アーレントの「イェルサレムのアイヒマン」を紹介している。アイヒマンはユダヤ人殺害の最高責任者だが普通の人が単に目前の命令に従っただけであり、その積み重ねが巨大な悪行につながる。これは誰でも起こし得るという「悪の凡庸性」をハンナ・アーレントは指摘している。

    第4部は、東アジアや日本の伝統思想から公共を考える2つのシンポジウムの記録。

    ということで、市民政策の原稿と公共哲学のつながりでは、ガバナンスのこともあるけど、参加の場を保障、というのも重要だと思った。まちづくりワークショップは、自由に話し、考え、議論する場であり、それが貴重だということを、アイヒマンの例だとちょっと重いけど、「活私開公」のとてもいい手段であることや、計画づくりなどの直接の目的だけが目的でないということを書けたらいいな、と思った。

    コメントの投稿

    Secret

    ありがとうございます。

    はじめまして。

    金さんとわたしの哲学往復書簡をご紹介頂き、感謝です。
    このブログは、参議院調査室の荒井達夫さんからのメールで知りました。

    公共問題は、『公共をめぐる哲学の活躍』にも記しましたので、よろしければご覧下さい。
    http://www.shirakaba.gr.jp/home/tayori/k_tayori127.htm

    機会あれば、お目にかかり、お話したいですね。

    我孫子市 白樺教育館 武田康弘
    プロフィール

    ksatani

    Author:ksatani
    佐谷和江と申します。都市計画・まちづくりの仕事をしてます。
    http://www.kgk-net.co.jp/staff/satani.html
    satani(@)kgk-net.co.jp

    まち活動のブログも書いています。
    http://ksatani.cocolog-nifty.com/blog/

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