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    小島聡、西城戸誠「フィールドから考える地域環境」を読んで、凡景を支える無形の部分を魅力化するには多様なアプローチがあっていいと思った



    法政大学人間環境学部の教授陣が書いた本。編者の小島先生にお世話になって大学院で非常勤で教えている関係で、人間環境学部には興味があった。この学部は1999年にでき、文系の立場から「持続可能な社会」を探求しているとのこと。

    2部構成で、1部は「地域環境」を捉える多様な視角を提示。1章は行政学・地方自治論、2章は市民活動、3章は労働組合、4章は学校教育、5章は文化的景観、6章はドイツ近代史、7章は近世の生業、8章はカメルーンのフィールドワーク。非常に学際的で、多角的であることはわかったが、人間環境学部が逆にわからなくなった。

    この中で、梶裕史先生の「“文化的景観”の特質と可能性」が面白かった。文化的景観についてのユネスコの定義「有機的に進化してきた景観」という概念がいい。

    また、日本の重要文化的景観は文化財保護法の改定により位置づけられたが、「景観法という共管法に基づく手続きが必要」と書かれていて、“共管法”という言葉を初めて知った。

    さらに「文化的景観の多くは“凡景”」という表現も面白い。これは「一昔前はどこにでもあった、ありふれた田舎景観」であり、「何が魅力かといえば、見た目を支える無形の部分」と書かれていて、今までモヤモヤしていたことが言語化されていた。

    フェノロジーカレンダーという概念も初めて知った。フェノロジー=生物季節のことだそうで、日本語で言えば歳時記だが、それを文化的景観におけるエコツーリズムに活かしていくべきとの考え方。最近、江戸川総合人生大学の学生さんが歳時記を研究テーマにしていたが、景観と歳時記のつながりはもっと重視すべきことだと思う。

    2部は「地域環境のフィールドスタディ」で、人間環境学部が取り組んでいる事例など。

    例えば、法政大学の地元である千代田区と協定を締結して、個人の環境配慮行動を促進するために調査し、プログラムを提案、それを実践している。

    また、長野県飯山市では、2006年にサマーカレッジを開催し、それを数年かけてまちなか再生としてのファーマーズマーケットやコミュニティカフェに展開していったことが書かれていた。

    都市計画の研究室だと地域でのフィールドワークは「提案や計画がありき」だと思うが、人間環境学部だと「提案や計画があってもいいし、なくてもいい」というスタンスかもしれないが、その差はあまりないと思った。調査方法は違うだろうけど。

    で、差がないことがいいことか、よくないのか。凡景を支える無形の部分を魅力化するには多様なアプローチがあってもいいんじゃないかと思った。
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    シャロン・ズーキン「都市はなぜ魂を失ったか」を読んで、まちの「らしさ」をどう維持創出できるかを、ちょっと整理できた



    前に山形浩生さんのブログを読んで読みたかった本。

    この本は「オーセンティシティ」を守るべし、と書いてある本だが、山形さんは「彼女はそれをまともに定義できないくせに、もうそれだけで議論をすすめ…」と書いてたけど、それには同感。

    でも、読み終わるころに、これは「らしさ」に意訳するとピンとくるな、と感じた。日本でも「横浜らしさ」とか「逗子らしさ」とか。「らしさ」を住民も行政も求めていて、我々都市計画コンサルタントに解明してもらいたいと思っているし、私たちも計画する時に尊重したいと考えているものである。しかし、その正体はばくぜんとしている。で、以下、「らしさ」問題に着目した感想。

    1章は「ブルックリンはどのようにしてクールの場所になったか」。ウィリアムズバーグ地区という昔の工場・倉庫街のジェントリフィケーションの過程が書かれている。「らしさ」として「荒涼さ」を上げているが、う〜ん、これを軸にするのはキツイと思う。

    2章は「ハーレムはなぜゲットーを脱したのか」。1990年のクリントン政権下で、福祉から市場形成にシフトし、ハーレムへの投資が強化され、アッパー・マンハッタン・エンパワーメント・ゾーンという制度ができた。ここから95〜06年に3億3500万ドルが助成、融資、債権として投資されたそうである。ハーレムの「らしさ」は「黒人」であり、それは変わらないが、中間層の黒人による低所得層の追い出しがおこっているようだ。

    3章は「イーストビレッジで地元に住む」。ここの「らしさ」は「ヒッピー、反対運動、多様性への寛容性さ」のようだ。で、一部で高級化しているらしい。また、レストランやマーケットが増え、観光地化(Destination Cultureの私の意訳。翻訳では目的地文化と直訳してるけどピンと来ないので)しているようで、著者はそのことをことを危険視している。

    4章は「ユニオンスクエアと公共空間のパラドックス」。ユニオンスクエアがBID(business improvement district)となり、ユニオンスクエア・パートナーシップという民間団体が管理するようになり、「清潔・安全・予測可能」になったが、民主的な空間は予測不可能な危険性をはらんでいるからこそ意義があり、それを取り戻すべし、という意見。BIDについては反乱する都市でも否定的だった。日本ではBIDは肯定的に紹介され、私も肯定的だが、「らしさ」を創りだしていないのだろうか?

    5章はブルックリンにあるレッドフック地区について。イケアと移民の食べ物屋台組合の比較。著者はもちろん屋台組合に肯定的で、市から公園の使用許可入札に参加するよう要求された時、法人化して乗り切ったし、多くの市民がブログなどでそれを応援したことが書かれている。

    6章はコミュニティガーデンと屋外公告について。コミュニティガーデンは、70年代のグリーンゲリラから始まり、「らしさ」を備えているとして順調に広がったが、94年のジュリアーニ市長時代に管理の市への移管や売却が始まり危機に瀕した。しかし、ブルームバーグ市長が、約500を存続、100をアフォーダブルハウス等に、100を保全系の民間財団に売却すると整理し、息を吹き返したようである。著者は土地を「脱商品化」したことに意義があるとしている。

    一方、屋外広告については、タイムズスクエアが象徴するように加速化し、バスのラッピング公告や公園のブランド企業への貸出などにも広がっているとしている。

    終章は、観光地化と「らしさ」の危機について。「1980年代以降都市が内包してきた権力構造は、“消費”と“自由の抑制”を兼ね備えている」というのがこの本で言いたかったことのようだ。また、それはニューヨークに限らず、多くの都市で起こっているとも指摘している。

    「らしさ」は、「地域の成り立ち、自由さ、住民の創意工夫、脱商品化、脱観光地化」によって維持・創出されるということかな〜。脱商品化、脱観光地化あたりはバランスだと思うけど。

    陣内秀信他「アンダルシアの都市と田園」を読んで、実測調査の報告書を思い出した



    法政大学陣内研究室が1999〜2004年の6年間に実施したフィールドワークの記録。スペインのアンダルシア地方を対象としているが中心はアルコス・デ・ラ・フロンテーラとカサレスという都市。いずれもイスラムの影響と、それをキリスト教徒に取り戻すレコンキスタ(再生副活動)の影響を受けている。しかし、レコンキスタは両都市は距離はそれほど離れていないものの、アルコスは1250年ごろ、カサレスは1480年ごろと200年も違っているそうだ。ちなみにアンダルシア地方では1492年にレコンキスタが完了してスペイン王国に統合され、800年に及ぶイスラム支配が終わったそうである。

    1章はアンダルシアの歴史と風土。これは30ページぐらい。

    2章はアルコスについて、約120ページ。。天空の街と呼ばれているようで、とても美しい。人口約3万人。丹念な実測調査を踏まえて、都市構成、街路空間、住まいについて分析いる。中庭型住宅で面積が広く、1960年代ぐらいから一部を賃貸していたようだが、現在はメインファミリーがいない形態も増えているそうだ。また、新市街地に出て行く世帯も多く、空き家を民宿にしているところもあるようだ。

    3章はカサレスについて、約50ページ。「白い街」と呼ばれているようで、こちらもとても美しい。人口約3000人。こちらも実測調査を踏まえた分析。住宅は4つのタイプがあるが中庭型ではない。1970年代に出ていった人たちが戻ったり、移住者が増えたりしており、価値が見直されているそうだ。

    4章はタイトルは「アンダルシアの外部空間」だが、中身はスペイン各地の広場についての分析が中心。約50ページ。中で面白かったのは、リチャード・マイヤーが設計したバルセロナ現代美術館前の広場について、「きわめて現代的でありながら、まさにスペインの広場の遺伝子を継承している」と評しているところ。デヴィッド・ハーヴェイ「反乱する都市」では、ディズニー化していると書かれていたのと対照的。バルセロナに見に行ってみたいな〜

    5章はアンダルシアの諸都市、約30ページ。中世アラブ・イスラーム時代の市域と現在の都市の位置関係の図が面白かった、アルコスは中世アラブ・イスラーム時代の市域の中に現在の都市が内包されていて、カサレスは市域外に現在の都市ができているそうだ。

    6章は田園地帯について、約40ページ。以前はアグロトゥリスモと呼ばれていたものが2000年ごろからトゥリスモ・ルーラルとして定着し、広まっていることから田園地帯についても調査したそうで、農家の構成や都市と農地の関係について書かれている。

    現地に行ってみた気分になりつつ、歴史や都市・住宅の構造もわかるという本。学生時代に歴史的街並み調査をやった時の報告書を思い出す。新書などのコンパクトな形態の方が一般にわかりやすいと思った。

    デヴィッド・ハーヴェイ「反乱する都市」を読んで、マルキストが“労働組合から近隣組織へ”と言うための言い訳が書かれていると感じた



    ブログ11回めにしてやっと都市関係の本。経済地理学者でマルキストの著者がルフェ−ベルの都市への権利 (ちくま学芸文庫)を引き合いに出しながら述べている。

    2部+インタビューで、1部は「都市への権利」で1章のタイトルも同じ。都市開発は余剰資本の処理であるとして、19世紀にオスマンがパリでやったこと、40年代にモーゼスがニューヨークでやったことが現在、世界中で行われている、と述べている。また、ニューヨーク市長の億万長者ブルームバークが「ジェイン・ジェイコブスの心をもってロバートモーゼスのように建設する」というスローガンを掲げているように、低所得層の追い出しが巧妙になっているとも指摘している。

    2章では住宅や建設、不動産バブルが繰り返し起こっていること、バブルがはじけた時に富裕層は損をしないことが書かれていた。

    3章はコモンズについて。現状ではコモンズが真のコモンズになってなく、例えばニューヨークのハイラインはコモンであるが、それにより近隣家賃が急騰し、富裕層以外が住めなくなっているそうだ。これを取り戻すために国家的+ローカルに取り組むべきとしている。

    4章はディズニー化について。バルセロナを例に、独自性があるからこそ人気が出て多国籍企業が進出し、ジェントリフィケーションされ、独自性を失い、ディズニー化していく。こうなってないのがブラジルのポルトアレグレ市(参加型予算の発祥地)であるとのこと。

    2部は「反乱する都市」。5章は労働者ではなく、これからは都市を組織すべき、地域的な組織として運動すべきとのこと。例としてボリビアのエル・アルトが上げられていた。6章は2011年のロンドンの反乱、7章はウォール・ストリート占拠運動について。

    インタビューでは、郊外の形成等が「凝集的な政治生活の可能性を断片化」していることや、「成功した運動では、水平性と階層性とが常に混じり合っている」、水平的になりすぎるとアナーキズムになること、などの考えが面白かった。

    読み終わって、マルキストはこんなに言い訳しないと「労働組合から近隣組織へ」と言えないのか、大変だな〜と感じた。

    また、マルキストが都市を見るとこう見えるのか〜というのは興味深かったが、偏りすぎじゃないかと思うところも多かった。
    プロフィール

    ksatani

    Author:ksatani
    佐谷和江と申します。都市計画・まちづくりの仕事をしてます。
    http://www.kgk-net.co.jp/staff/satani.html
    satani(@)kgk-net.co.jp

    まち活動のブログも書いています。
    http://ksatani.cocolog-nifty.com/blog/

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